人工透析と水

透析は大量の"水"を使う医療

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 「透析」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。

「糖尿病」「腎不全」「食事制限」「水分制限」「血液を取り出す」などのイメージをお持ちの方が多く、「水を使う医療」というイメージはないかと思います。血液をきれいにする医療のどの過程に、大量の水が必要なのでしょうか。

今回は、透析で大量の水を使用する理由について簡単に説明したいと思います。

 

透析って何?

透析で大量の水を使用する理由を説明する前に、「透析とは何か」についてごく簡単に説明したいと思います。 

腎臓は、尿の生成やホルモンの産生により恒常性を保っています。透析は、腎臓の機能が不十分な患者さんに対して、腎臓の機能を代替するために行います。しかし、腎臓の機能の全てを代替することはできません。透析では、血液を体外へ導き出し、“ダイアライザ”と呼ばれる膜を通して体内に戻すことで、本来は腎臓で排泄される老廃物や水分を取り除いています。ダイアライザの中では物質交換が起きていて、血液だけでなく水が流れています。

 

一回(一人)の透析でどれくらいの水が必要か

透析ではダイアライザと呼ばれる膜を使用しますが、このダイアライザの中には血液と水が流れています。この水はダイアライザに1分間に500mℓ(0.5ℓ)供給され、多くの場合、透析は3~5時間施行されるため、一人あたり一回で120~150ℓ必要です。

もし、20人の患者さんの透析を同時に施行するなら、「120~150ℓ × 20人」で、2400~3000ℓの水が必要です。また、透析に使用する水を"透析用水"といい、単なる水道水とは大きく異なっている点があります。

 

透析液ができるまで

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 透析液は膜を介して血液と触れるため、ただの水道水を透析用水として使用することはできません。組成も大きく異なっています。どのようにして作られているのでしょうか。

普通の水ではありません

はじめに、透析用水と水道水がどのように違うか説明します。

日本国内の水道水は、厚生労働省の水道法による規定に基づいて、様々な物質の含有量が調整されています。詳細については厚生労働省ホームページをご覧ください。

www.mhlw.go.jp

対して透析液は血液と接するため、表1のようにさらに厳しい基準が設けられています。

           表1 透析用水管理基準値(22項目)

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    (日本臨床工学技士会「透析液清浄化ガイドラインVer.2.01」より)

さらに、生物学的汚染管理基準として、

  ET(エンドトキシン)活性値:0.01 EU/mL未満(目標値:0.001 EU/mL未満)

                  生菌数:1 CFU/mL未満(目標値:0.1 CFU/mL未満)

のように微生物についても規定されています。ちなみに「エンドトキシン」とは、グラム陰性桿菌の細胞壁の構成成分で、血液中に混入すると発熱やショックなどの原因になります。そのため、透析医療に従事するスタッフにとって、エンドトキシンの除去は非常に重要な課題の一つです。

 

このように、透析用水は厳しい規定に基づいて作製され、透析医療に使用されます。

それではどのようにして透析用水は作られるのでしょうか。

 

透析用水を作るには?

透析用水が水道水と異なっていることは、お分かりいただけたかと思います。続いて、透析用水がどのような工程を経て作られているのか簡単に解説します。

 

施設や装置のメーカーによっても異なりますが、透析用水は図1のようなプロセスで作られます。いくつかのフィルタ・装置を通って、ベッドサイドの監視装置に供給されます。図中の各要素にはそれぞれに役割があります。

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               図1 透析用水作製フロー

 

 原水:

原水とは、文字通り透析用水のもとになる水です。水道水を使用している施設が多いですが、地下水を使用している施設もあります。水道水を使用する場合は水道法に準拠していなければなりません。

プレフィルタ:

プレフィルタは原水に含まれる大きな物質を取り除きます。後段の装置・フィルタの目詰まりを防ぐため、水に溶けない細かい物質を除去します。細孔径は25~50μmですので、細孔径よりも小さい物質は膜を通過します。

軟水化装置:

RO膜に沈着する可能性のあるカルシウムやマグネシウムを捕捉する装置です。RO膜はカルシウムやマグネシウムが沈着すると、処理能が大きく低下するため、あらかじめ軟水化装置で取り除いています。

軟水化装置の中にはナトリウムイオンを持つイオン交換樹脂があり、ナトリウムイオンとカルシウムイオン・マグネシウムイオンを交換しています。

活性炭濾過装置:

活性炭が塩素・クロラミンなどを吸着する性質を持っていることを利用してこれらを除去します。

水道水の中では塩素は消毒のために付加されているため、活性炭濾過装置以降の工程では細菌が発生しやすくなってしまいます。

2次フィルタ:

2次フィルタでは、軟水化装置や活性炭濾過装置から生じる微細な物質を取り除きます。孔径は10μm程度でプレフィルタよりも小さくなっています。

RO装置:

ROとは"逆浸透"のことです。RO装置では、加圧ポンプにより1MPa以上に加圧して透過させます。これにより、水に含まれる溶質の99%程度が取り除かれます。

RO装置の処理能力は水温と圧力に比例するため、RO装置に流入する前に原水を加温している施設もあります。

紫外線殺菌灯:

塩素を取り除いた後の水は細菌が繁殖しやすいため、紫外線(波長260nm)によって殺菌しています。

UFフィルタ:

数千~数万程度の分画特性のフィルタで、透析用水作成の最終段です。

この段階では原水は透析用水となっています。

 

 透析用水は、以上のような処理を経て粉末溶解装置や供給装置へ送られます。

透析用水と透析液

見出しでは「透析液ができるまで」としていますが、ここまで「透析用水」という言葉を使っていました。日本臨床工学技士会「透析液清浄化ガイドラインVer.2.01」では以下のように「透析用水」という言葉が使われています。

透析用水は、粉末透析液の溶解や透析液原液の希釈および配管、装置の洗浄・消毒に使用するものとし、原水を濾過・イオン交換・吸着・逆浸透などの方法を用いて処理した後に基準値未満に管理する。

日本臨床工学技士会「透析液清浄化ガイドラインVer.2.01」より

つまり、「透析液」は粉末や原液の透析液を透析用水で希釈して作製されています。図1に示した透析用水作製フローでは、粉末溶解装置や供給装置で希釈・作成が行われています。

 

透析液には様々な電解質が含まれています。完成した透析液は時間が経つとカルシウム・マグネシウム・炭酸水素ナトリウムが反応して、炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムが析出してしまいます。

これらの結晶は透析液の濃度に影響を与えるため、各種の電解質等を「A剤」、重炭酸ナトリウムを「B剤」として分けた形で管理しています。同じ理由から、透析用水とA剤・B剤は供給する直前に混合しています。

A剤・B剤は粉末ではなく液体であることもあります。しかし、粉末タイプは重量・占有スペース・ゴミなどが少ないことから、粉末タイプを使用している施設が多く見受けられます。

 

希釈された後は、表2のような組成になります。

                表2 透析液の組成

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これらの電解質ブドウ糖の濃度は、透析液と血液が膜を介して接触した際に重要になります。また、それぞれの値が透析患者さんにとってどのような意味を持つかは、別の記事で紹介したいと思います。

透析液は表2のような組成に調整されてダイアライザへ送られますが、ダイアライザの中では何が起きているのでしょうか。

 

 

透析液と血液が出会う場所

さて、ここまで透析用水や透析液の作製工程について説明してきました。

様々な工程を経て作られた透析液は、「ダイアライザ」の中で血液と出会います。ダイアライザは図2のように筒状になっています。

この中には内径200μmのストロー状の膜が3000~15000本程度充填されています。この膜の内側を血液が、外側を透析液がそれぞれ反対向きに流れています。

この膜を利用して、水分や老廃物を除去し、腎臓の代わりをするのがダイアライザです。

それでは、ダイアライザの中では何が起きているのでしょうか。

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             図2 ダイアライザの形状 

 

 

ダイアライザの中で何が起きているか

 最後に、ダイアライザの中で何が起きているかを説明したいと思います。

ダイアライザの中では、「拡散」と「限外濾過」という現象を利用して水分や老廃物を除去しています。

 

拡散

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                 図3 拡散

図3は、溶質が不均一に存在する溶媒を 細孔を持つ膜(半透膜)で隔てた図です。溶質とは液体に溶けている物質、溶媒は溶質が溶け込んでいる液体をいいます。

図3の左側では溶質は不均一な状態です。この時、溶質は濃度の高い方から低い方へ、溶媒は溶質の濃度が低い方から高い方へ移動します。

この溶質の移動を「拡散」、溶媒の移動を「浸透」といいます。これらの現象は濃度差によって引き起こされ、濃度差がなくなると、拡散も浸透も止まります。

透析液の組成はこの濃度差を生むように調整されています。つまり、取り除きたい物質の濃度は血液より低く、補充したい物質の濃度は血液より高く調整しているのです。

細孔よりも大きい物質は膜を通過することができず、一方に留まります。

透析では、この現象を利用して老廃物の除去を行っています。また、血液中に含まれる物質の中でも、体に必要なもの(血漿タンパクなど)は極力通過しないように膜が設計されています。

 

限外濾過

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                  図4 限外濾過

図4では均一な溶液を半透膜で隔て、一方に圧力をかけています。すると、膜の細孔よりも小さい物質と液体成分がもう一方へ移動します。このような現象を「濾過」といい、膜の平均細孔径を分子のサイズ(1nm)に近づけた濾過を特に「限外濾過」といいます。

限外濾過では溶質の移動は、圧力によって起こります。

透析では、この現象を利用して血液中の水分を透析液に移すことで取り除いています。細孔よりも小さい溶質成分を除去することもできるため、併せて透析の重要な原理なっています。

 

 

まとめ

「透析液がどのように作られているか」や「ダイアライザの中で何が起きているか」について、患者さんに易しく説明することは意外に難しかったりします。

今回は、最近透析業務から離れることの多い自分が、基礎的な知識を思い出すために記事を書きました。